3回目の移植
お久しぶりです。
また随分と更新が途絶えていました。
スミマセン・・・。
4月下旬に3回目の移植になんとか漕ぎつけました。
今回は移植までにちょっとしたトラブルがあったこともあり、夫と「できたらラッキーくらいの気持ちでいこう!」と話して、わりとリラックスして移植を受けました。
で、先日判定日でした。
結果は、ダメでした。
hCGの値は出ていたものの微量で、化学流産とのこと。
やはり良くない結果だと残念ですが、仕方ありません・・・。
夫と話し合い、あと1回だけ移植に挑戦することにしました。
主治医からは胚盤胞移植でうまくいかないことが続いているので、次は初期胚移植、しかも2個移植の提案がありました。
双胎の確率は5%とのこと。
2個移植するか、1個にするかとても悩んでいます。
最後だから思い切って2個戻してみようかと思ったり、双胎妊娠になった時のリスクを考えるとやはり1個がいいのかと思ったり・・・。
まだ移植までには日があるので、ゆっくり決めようと思います。
1回目の流産がなければ、もうすぐ臨月だったのになぁ。
3月も移植はできませんでした
2月のブログ更新から大分間が空いてしまいました。
この間不正出血が続き、今月中旬に受診したところ、まだhCGの反応が微量ですが残っていました。
プラノバールを内服して月経を起こすことになり、先日やっと月経が来ました。
本当は3月の月経開始後移植を行う予定だったのに、予定がずれこみ、気持ちばかりが焦るのとモチベーションが下がる一方・・・。
主治医からは前回受診時に「月経が来ても来なくても4月〇日に受診」と次回受診日を指定されており、今周期の治療スケジュールも全然読めないままです。
もう一人子どもを授かりたい気持ちはあるものの、治療へのモチベーション維持の難しさを感じ、また頑張れるのかと弱気になっています。
一人目はわりとスムーズに授かったので、今になって不妊治療の壁にぶち当たっている感じがします。
この先どうなるのか・・・。
また状況が変わりましたらブログを更新します。
また流産でした
お久しぶりです。
さて、タイトル通り、12月の移植で妊娠したものの1月の初めに流産という結果になってしまいました。
2回連続の流産はかなり精神的にこたえました。
これで3度目の流産です。
今回も胎嚢確認までは至ったのですが、その直後に突然大量出血してあっという間に完全流産になってしまうという、前回の流産と同じ経過でした。
仕事でもプライベートでも経験しているだけに、出血の様子ですぐに「これはダメだ」とわかるのが本当に辛かったです。
頭が真っ白になりそうな一方で冷静に経過を判断している自分がいて、それがすごく嫌でした。
主治医にとっても予想外の流産だったようです。
年明けの胎嚢確認時に少量の出血はありましたが、ホルモン値のデータはとても良く、異常はなかったので、今回はうまくいくだろうと予測していたとのことでした。
しかし、このように2回連続で突然出血→完全流産という経過になり、主治医からはもしかすると子宮収縮しやすいのかもしれないと言われました。
ただ、私は子宮筋腫もなく(筋腫があると流産のリスクあり)、一度は出産経験もあり、はっきりとした原因が突き止められないとも言われました。
不育症の検査も提案していただきましたが、主治医の見解としては不要そうだということと、私自身、色々と資料を読んだ上で検査してもわからないことが多いだろうと考えたので、不育症の検査はしないことに決めました。
流産してからしばらくは、私も夫も、娘だけを大切に育てていけばいいのではという気持ちでいました。
二人共、流産がとても怖く、治療に対して前向きになれず、ずっと真っ暗なトンネルにいるみたいに悶々とした気持ちでいました。
けれど、1歳半を過ぎて身体のほかに精神面での発達が著しい娘の姿を見ていると、やっぱりもう一人子どもがいたらもっと楽しいだろうなと、ここ1週間くらいで思うようになりました。
先日、主治医にも、妊娠の期待ができることと次妊娠した時の対処について詳しく説明していただいたので、もう一度頑張ってみようかなという気持ちになりつつあります。
本当に、本当に、不妊治療って辛い現実にぶち当たりますね。
不妊治療に足を踏み入れただけでも多かれ少なかれ、自身の生殖能力不足に落ち込んでいるのに。
次がどうなるかわかりませんが、また状況をブログで報告いたします。
流産のその後
すっかりブログの更新が途絶えていました。
今日は前回の記事更新後の経過について、少し残しておきたいと思います。
前回の記事更新後、主治医の診察がありました。
主治医も「今回もうまくいくと思ったんだけど」としょんぼりしておりましたが、私の気持ちを汲み取りつつ、流産の原因と思われることと今後の可能性について、また治療再開時期について説明してくださいました。
その時は私から、再度流産することがこわいこと、もう子どもは諦めようかと考えているということも話しました。
すると、主治医は「あなたも助産師だからわかっていると思うけど」と前置きしたうえで、流産はなくならないこと、妊娠を望む以上は起こりうることだと考えた方がよいことを説明してくださいました。そして、今回の流産はおそらく胎児側の要因であり、アンラッキーな出来事だったこと、そして、今残っている卵も充分妊娠の可能性があるのだから悲観することはない、とも。
ただ、治療は次の月経が来たら始められるが、義務感や焦燥感から再開してはいけないと言われました。少しでもまた頑張ろうという気持ちならOKだけどと。
こういった説明を丁寧にしていただいて、診察は終了しました。
悲しみと不安だらけだった私の気持ちは少しすっきりしたように感じました。
それから数日後、夫が手配してくれ、一人目を流産した時と同じお寺で供養をしていただきました。
お坊さんが「きっと空の上からお姉ちゃん(娘)を見守っててくれますよ」と温かく声をかけてくださり、思わず涙がこぼれました。娘も初めての場所、しかもいつもと違う雰囲気の中で泣きそうになっていましたが、供養が終わるまでなんとか耐えてくれました。
こうして供養を終え、娘のお世話に追われて日常を過ごすうちに、まだ悲しみは残るものの、自然と「また治療を頑張ってみようかな」という気持ちになりました。
夫も「あんな辛い思いをするくらいならもういいかなと思っていたけど、ここで諦めたら今回来てくれた子が悲しむような気がする。やっぱりもう一人子どもがいたらいいよね」と言うようになりました。
どこかで区切りは必要ですし、延々と治療をする気はありませんが、近々もう一度治療にチャレンジしてみようと思います。
二度目の流産
胎嚢確認まで順調だった今回の妊娠。
何の予兆もなく、突然、流産してしまいました。
前回のブログ記事をアップした翌日のこと、娘と出かけた図書館で突然の出血がありました。
慌ててタクシーで帰宅したものの出血は止まらず、病院に電話。
これはもう、流産の出血だと確信していました。
そのため診察の指示を仰ぐために電話したのですが、対応してくれた看護師さんは、「出血はよくあること。どうしてもというなら来てもいいけど、来てもすることがないから。ホルモン補充はやめないで続けて」という感じで、イマイチこちらの切迫感が通じませんでした。
その後、下腹痛が出現、出血は増え続けて、ものの2時間くらいで残念な結果になってしまいました。
全て終わったことを悟ってから、再度病院に電話して状況を説明し、翌々日に受診することになりました。
翌々日に受診したところ、エコーで胎嚢は確認できませんでした。
流産の診断がくだりました。
流産はこれで2回目です。
まさかまさか、また流産するなんて。
頭の片隅に流産の可能性はいつもありましたが、こんなにあっけなく流産してしまうとは思いもよりませんでした。
何がいけなかったんだろう、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
ぐるぐると同じことを考えてしまうばかりです。
38歳という年齢、赤ちゃん側の染色体異常などが考えられますが、ここまで順調だったのになぜ、という思いが強いです。
今はまだ、次の治療のことは考えられません。
こんなに辛い思いをまたするかもしれないのならもういいかな、娘を授かっただけで充分かなと思っています。
夫も同じようです。
明後日主治医の診察があるので、今後のことも含めて相談しようと思っていますが、虚無感ばかり感じる毎日です。
早く元気になりたいけれど、なれない、そんな日々を過ごしています。
支離滅裂な記事で読んでくださった方には申し訳ない限りです。
また落ち着いたら、状況をつづっていきたいと思います。