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助産師が不妊治療を経験してわかったこと

子宮内膜症のため手術→不妊治療開始→体外受精で妊娠・出産した助産師の記録

痛みとの戦い -出産レポート③-

 出産レポートの続きです。

 

生まれないかもという不安

    入院当日より眠れたものの、やはり熟睡はできないまま3日目の朝を迎えました。

 この日は金曜日。

 朝、訪室してきた主治医に「今日も不発だったら帝王切開ですよね」と聞くと、「いや、採血結果も悪くないし、適応がないから帝王切開はしないよ」とのこと。

 え、じゃあ、どうするの?今日ダメだったらまた明日に持ち越しってこと?と等と思いながら、陣痛室へ移動し、また促進剤の点滴を受けることになりました。

 その日の促進剤は1、2日目とは異なる促進剤でした。

 子宮口4㎝の時点から促進剤の点滴が開始し、痛みもすぐには来ないので暇を持て余していたところへ夫がやってきました。

 しかも、ちょっとおしゃれをしているではありませんか!

 理由を聞くと、「今日生まれたら一緒に写真撮るから」と返答が(笑)。生まれないかもしれないよと返しましたが、おかげで緊張がほぐれました。

 ひたすら痛みが来るのを待つ中、他の陣痛室からは絶叫が聞こえます。

 「私もあんなふうに絶叫したらどうしよう・・・」と心配に。しかし、その心配とは裏腹に、ちっともお腹が痛くなりません。点滴の速度を上げにくるスタッフさんに痛みの程度を問われ、その度に「いや、まだです・・・」と答えることが繰り返されました。

やっと来た陣痛

   痛みを感じ始めたのはお昼くらいでした。

 配膳された昼食を「痛い・・・。でも食べなくちゃ体力がもたない・・・」と、痛みの合間を縫うように食べました。

 この日のメニューはナポリタン。

 2日前の入院時に選択したメニューでしたが、なぜご飯を選ばなかったのかと後悔するヘビーさ。それでも、体力不足で陣痛が弱くなることはもっと辛いので、頑張って全量摂取しました。これからはナポリタンを見る度に、陣痛のことを思い出しそうです(笑)。

 その後、痛みがじわじわと来る中、前日担当だった助産師さんが様子を見に来てくださいました。で、一通り話した後「刺激してあげるよ」と。

 刺激の痛みを思うと断りたいところでしたが、もう早く産んでシャワーをしたい私は意を決して、その助産師さんに刺激をお願いしました。

 結果、ものすごく痛くて痛くて、痛かったです。

 でも、まだ子宮口は4㎝で、痛みが来始めても全然進んでいない所見に、今日もダメかなと諦めかけました。

 ただ、そのうち、痛みの間隔が徐々に狭まり、程度も強くなってきました。

 アクティブチェアーという椅子に座って、夫に腰をさすってもらい、一点を見つめてひたすら呼吸法で痛みを逃して過ごしていました。

 痛いけど、声を出しても進むわけじゃなし、とにかく痛みから気をそらす、もしくは耐えてやり過ごすしかないと思い、呼吸法に集中していました。

 この時の痛みはとにかく腰が割れるような痛みで、なおかつ腰から下を引っ張られるような、誰かに持っていかれそうな、そんな痛みでした。

 そんな状況下で過ごすこと3時間程、点滴の残りが少なくなった15時頃、その日担当だった新人の助産師さんが「今日はこれで終わりです」と告げに来ました。

 その時の気持ちは、「ウソ!?こんなに痛いのに、今日は終わりってそれはないでしょう!」。

 ちょうど配膳されたおやつを食べられないレベルだったのはもちろん、明らかに前日、前々日とは違う痛みだったので、お願いして診察してもらうことになりました。

 その結果、子宮口は6㎝まで開大していました。

 診察してくれたベテラン助産師さんは「これならいける!」と言い、すぐに主治医へ報告、点滴が再度追加されました。

 そして、お約束の主治医の診察により、子宮口は6㎝から8㎝へ開大されました。

 これもものすごく痛かった・・・。

 そこからは陣痛の度に本当に痛くて辛かったです。

 同時にやってくる、胎児の頭が下がってくることによる、お尻への圧迫感。

 腰をさすってくれている夫の手を痛みの強い場所へと誘導し、テニスボールでお尻を抑えてくれている夫に「もっと強く押してー」と言うことの繰り返し。

 少しでもお産が進むようにと、アクティブチェアーに座ることのみならず、ベッドの背もたれを上げてそこにしがみつくようにして陣痛をやり過ごしました。

 この時、点滴のためにトイレも近かったのですが、トイレに入っている間に陣痛が来るともう地獄のような苦しみでした。

 それでも、「膀胱充満していると児頭が下がってきにくいから・・・」とアセスメントしてしまう私。

 8㎝から全開大までがいちばん辛いんだ、いきむことができるようになったら楽になるはず、分娩室へ移動したらゴールが見えると自分に言い聞かせていましたが、とにかく早く分娩室へ行ってホッとしたい気持ちが強く、半ばお願いする形で18時半頃に分娩室へ移動しました。