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助産師が不妊治療を経験してわかったこと

子宮内膜症のため手術→不妊治療開始→体外受精で妊娠・出産した助産師の記録

寝かしつけ大作戦

育児のこと

 娘が生まれてから、いちばん大変だったのは寝かしつけでした。

 先日の記事に少し書きましたが、生まれてから3か月くらい、とにかく娘はなかなか寝ない子でした。まあ、新生児だったり、まだ生活リズムがついていなかったりした頃なので、当たり前といえば当たり前なのですが、夫と共にげっそりする毎日・・・。本当に辛かったです(涙)。

 そんな娘との格闘の記録を今日は残しておきたいと思います。

 

添い乳にトライ

    前回の記事に書いたように、生後1ヶ月くらいは沐浴→授乳→抱っこでゆらゆらして寝かせるという方法で寝かしつけていました。

 ところが、これは寝るまでにとにかく時間がかかり、こちらが眠い時には修行のように感じる作業でした。

 色々考えた末、1ヶ月を過ぎたあたりから添い乳での寝かしつけにトライしてみることに。

 すると、なんとなんと、約10分以内で寝てくれるではありませんか!

 いやー、もっと早くトライしてみればよかった・・・と思うくらい、寝かしつけが一気に楽になりました。もっと早くに添い乳を試そうかと思ったこともあったのですが、娘が小さく、窒息が恐くて躊躇していたのです。

 これで本当に楽になり、苦痛から逃れられてホッとしたのを覚えています。

 しかし、その幸せな日々は長くは続きませんでした・・・。

 

添い乳もダメに・・・

  最初はすんなり寝てくれた娘も、次第に、寝たタイミングを見計らって私が口から乳首を外すとしっかり覚醒してしまったり、寝て30分位で起きてしまったりするように。

 また、徐々に添い乳を開始して寝るまでの時間も長くかかるようになりました。

 そして、添い乳での寝かしつけに失敗すると、娘は再度添い乳しても寝ず、ギャン泣きを始めます。

 抱っこでゆらゆらしても一向に寝ない娘は泣き叫ぶばかり。

 20時頃から寝かしつけたはずなのに、すでに0時を回ることがしばしばありました。

 夫と途方に暮れ、交代であれこれしている内に、電池切れのように急にコトンと寝る娘。

 毎晩毎晩「今日はうまく寝てくれますように」と祈り、娘が寝るまで緊張の糸がピーンと張りつめた状態でした。うまくいった日はホッとし、ダメな日は本当にブルーでした。

 

作戦成功!

  添い乳の絶大な効果が薄れていくにつれ、私と夫は新たな寝かしつけ方法を考えました。

 一つはベビーラップで寝かしつけしてからベッドに移す、もう一つは輸送反応を利用して抱っこのまま歩き回り、娘が寝たタイミングで一緒にベッドに入って添い寝をするという方法でした。

 しかし、ベビーラップを使った方法はすぐに寝てくれるもののベッドに置くと起きる、輸送反応を利用した方法は体重が増えていくことを考えるといつまでもできる方法ではなく、やはり寝付くまでに時間がかかったり、寝たと思ってベッドに置くと起きたりするという問題点が生じました。

 ほとほと困り果てた私たちは、娘が3ヶ月になった頃、ついに「ねんねトレーニング」の本に手を出しました。

 この手の本には「こうすれば寝ます!」という魔法のような方法が書かれているわけではありません。でも、本を読んでみて、その時おこなっていた寝かしつけの方法は変えた方がよいことがわかりました。

 そして、本を参考にして夫と話し合い、子どもにとって安心かつ私たちが楽な方法、将来的に続けられそうな方法にしようということになり、「添い寝して背中をトントンする」寝かしつけをすることにしました。

 最初からうまくいくわけはないし、ものは試しだと思った初日。

 娘とスキンシップをいっぱいはかった後、消灯して、ベッドで添い寝。

 「今日からはこうやって寝ようね」と話しかけ、背中をトントン。

 娘は泣き出しました。

 「仕方ない、長期戦で頑張ろう」と思いながら、泣いている娘の背中をトントンし続けます。

 すると、娘は徐々に泣き止み、信じられないことに10分後にはすやすや・・・。

 すぐに目覚めるかと思いきや、30分経っても1時間経っても、娘は起きずに寝ています。

 あまりにもあっけなくて、今までの苦労は何だったのかと拍子抜けしました。

 また、これは初日だけかと思いきや、翌日もその次の日も、背中トントンですんなり寝てくれました。

 そして、今もこの方法で寝てくれます。

 夜泣きも今のところなし。

 それでも夜中の授乳後は背中トントンだと泣く可能性があったので添い乳で寝かしていましたが、今はもう、夜中の授乳後もベッドに寝かせると、泣かずにそのまま一人ですぐに寝てくれます。

 夫でも私でもどちらでも寝かしつけられるので、私も負担がぐっと減って楽チンになりました。

 

 おそらく、この方法は時期的なタイミングとぴったり合ったがゆえに成功したように思います。

 新生児の頃にやってもダメだったでしょう。

 今、夫と振り返っても、寝ない時期は本当に地獄のようで辛かったという感想しかありません(笑)。あの時の私に「大丈夫、ちゃんとぐっすり寝てくれる日が来るからねー」と言ってあげたいです(笑)。

 今や娘はとにかく良く寝てくれる子になり、助かっています。

産後のメンタルと睡眠不足

育児のこと

 出産からすでに5ヶ月近く経っていますが、今日は出産後辛かったお話を。

 私が産後いちばん辛かったのは、睡眠不足でした。

 思うように眠れないのは知っていて、覚悟はしていたものの、それは「何の修行だろうか・・・」と思うほどでした。

 

退院日の夜

 新生児は、昼夜の区別がついていません。

 助産師の仕事をしていた頃よく遭遇したのは、夜中に活発になってお母さんを睡眠不足にしていた赤ちゃんたち。

 娘も同様で、入院中は私の夕食時間くらいから活発になっていました。

 ただ、私はかなりひどい貧血でまずは体力回復が先ということで、夜中は授乳以外の時間は娘を預かってもらっていました。だから、細切れでもまだ少しは睡眠がとれていたように思います。

 さすがに退院後は眠れないだろうなと思いつつ退院。

 その予感はまさに的中しました。

 退院した日の夜、授乳もして「さあ、寝ましょう」と私も一緒に寝ることにしたのですが、一向に寝ない娘。やっと眠りについて私もうとうとしかけた頃、娘はぐずぐずし始めました。リビングで授乳して寝かしつけようとしても、泣いて寝ない娘。寝室では夫が寝ているし、リビングの横の部屋では手伝い&顔を見に来た両親が寝ているし、皆を起こしたくなくて仕方なく空いている部屋で真っ暗な中、娘を抱きながら揺れ続けました。で、寝たので寝室に戻り、ベッドに置くとまた娘はぐずぐず・・・。抱き上げると泣き止みましたが、これじゃ眠れない、どうしようと朦朧とした頭で考えていたのは覚えています。私は娘を抱いたまま夫の足元に転がって寝ていたようで(気絶していたようなものです笑)、気づいてびっくりした夫の「あれ?大丈夫?」という声で我に返りました。そうこうしているうちに、また泣き出す娘・・・。これが朝までエンドレスで続きました。

 

睡眠不足で心がボロボロに

 それでも、まだ最初の内はこれでも何とか頑張れましたが、次第に夜になるのが憂鬱になってきました。

 日中沐浴していたのを夜寝る前にして授乳後寝かせる、とか色々と対策をとってみたものの、やはり寝る頃になると目をしっかり開けてぎらぎらさせている娘。やっと寝かせても、夜中に授乳で起きると、また寝ない・・・。

 夜中の2時とか3時に、いつ寝るかわからない娘を抱いたまま、一人ぼっちでずっと寝付くまで抱っこで揺れ続けているのは、すごく心細かったです。

 これがいつまで続くんだろう、寝たい時に寝れなくて、やっと眠れたと思っても眠さのピークで起こされて辛い・・・、そんな気持ちしかありませんでした。

 そうやって睡眠不足が続くと、ろくなことを考えません。

 育てていけるだろうかと不安で涙がポロポロこぼれたこともありました。

 夫もそんな私の姿に気づき、気遣ってくれましたが、日中の仕事に影響を与えるわけにはいかないと、私は「大丈夫」と言うしかできませんでした。また、見かねた実母が夜中に起きてきて、寝ない娘を一時的に預かると申し出てくれたのに、「母親なんだし、甘えちゃいけない」と変な責任感で申し出を突っぱねていました。

 今考えれば周りに素直に甘えてやり過ごせばよかったと思いますが、その時は正常な判断ができないほど、睡眠不足で追い詰められていました。

 産後うつの一歩手前だったかもしれません。

 本当に、睡眠不足は人をダメにすると思い知った産後でした。

 これから出産を迎える方々には、眠くなくても日中赤ちゃんが寝ていたら一緒に寝る、周りにどんどん甘えることを心からお勧めします!

抱っこひもの使用感<北極しろくま堂 ベビーラップとSTOKKE マイキャリア>

その他

 出産して4ヶ月半がたちました。

 今日は出産前に念入りにリサーチした結果、購入した抱っこひもの実際の使用感について書きます。

 私が購入したのは北極しろくま堂のベビーラップ Wrap you?とSTOKKEのマイキャリアです。

 myumyu1612.hatenablog.com

 

北極しろくま堂 ベビーラップ

 まずは、使い始めの時期が早かった北極しろくま堂のベビーラップから。

 ベビーラップは、生後1ヶ月から使いました。

 日中一人で娘と向き合うようになった頃、娘はとにかく泣きまくり、おろすとギャン泣き、常に抱っこじゃないとダメな状態でした(今も抱っこが大好きですけど、とにかくひどかった)。

 でも、私も家事をしたり、食事をしたり、抱っこばかりしていられないので、ベビーラップで新生児からできる【Front Wrap Cross Carry】という前向き抱っこを試してみることに。

 すると、これがすごく楽チン!

 両手が空いて簡単な家事や食事ができるようになりました。

 しかも、高い位置で抱っこできて自分の胸郭にぴったりと赤ちゃんがフィットするので、姿勢が楽!!

 腰も痛くありません。

 娘も、背中のC字カーブが保たれ、居心地がいいようでベビーラップをすると速攻ですやすやねんね。お昼寝させたい時は、ラップに入れてぐるぐるその辺を歩くと、5分以内には必ず寝ます。脚がカエル脚の形になり、股関節に負担がかからないのもいいです。股関節脱臼を起こさないようにすることは大切ですもんね。

 今も大活躍で、娘は私がラップを巻くのをみると、嬉しそうに足をバタバタさせています。

 最初は巻き方が難しく感じましたが、動画や説明書を見ながら練習するうちにコツを掴め、今ではさっと装着できるようになりました。

 布1枚でお洗濯も楽ですし、かさばらないため帰省の際には必ず持っていこうと考えています。

 本当は外でも使いたいのですが、ラップを巻く最中に布が地面に触れてしまうので、ちょっと抵抗感があって家メインでの使用です。

 また、このラップでおんぶも可能で、今ちょうど巻き方を練習している最中です。

 

STOKKE マイキャリア

 STOKKEのマイキャリアは、生後2ヶ月から使いました。

 ちょうど、予防接種等で娘と二人で出かける機会が増え始めた頃です。

 STOKKEの良いところは、何しろ他の人とかぶらないところ(笑)!

 デザインが良く、我が家は赤い抱っこ紐にしたので、とにかく目立ちます。知らない人やお店の人に「どこの抱っこ紐?」と聞かれたことが何度かあります。

 肝心の機能はというと、こちらも高めの位置での抱っこが可能で、背中や肩に重さが分散されるため、疲れにくいです。

 赤ちゃんの脚もカエル脚になるように作られていて、おしりもしっかり支えられるつくりです。

 また、赤ちゃんの頭までしっかりホールドしてくれるので、首がすわる前でも安心して使えました。娘も居心地は良さそうで嫌がりませんが、若干ラップの方が好きかな?という感じです。

 ただ、こちらはとにかく頑丈なつくりで、肩ひもにも芯が入っているため折りたためず、持ち運びには不便です。装着にも慣れが必要な感じが。カラビナを通すのと、カラビナをしめるのが難しいです。

 そして、がっちりしている分、背中のハーネス部分に汗をかいてしまうんです・・・。夏から秋にかけては、ちょっとした移動でも汗ばんでしまって、度々お洗濯をしました。カラビナさえはずせば、丸洗いできます。

 あとは、これは男性向けかな?といった感じも。外国の製品でつくりが大きく、小柄で細身の方だと肩紐と腰ベルトをいちばんきつく締めてもゆるさが残るように思います。168㎝・細身体型の私も、肩紐と腰ベルトはフィット感がちょっとイマイチ。でも、夫はものすごく使いやすくて楽だといい、ラップよりも好んで使っています。

 おんぶは、身長制限があり一人でおすわりできるようになってから可能ということなので、試せる日が待ち遠しいです。商品のレビューを見る限り、マイキャリアでのおんぶはかなり良さそうです。

 STOKKEは、低月齢の場合は醍醐味がわかりにくいのかな?

 もう少し成長して、使い方が増やせるともっと良いのかもしれません。

 

 というわけで、二つとも私は概ね満足して使っています。

 装着の簡単さ等使い勝手ばかりに目が行きがちな抱っこひもですが、赤ちゃんの姿勢や自分の姿勢に負担はないか、という視点で選ぶ大切さを今回の経験で知りました。

産後の経過:子宮内膜症と潜在性甲状腺機能低下症

子宮内膜症 潜在性甲状腺機能低下症

 自分の時間が思うように確保できず、ブログの更新が滞りがちです。

 書きたいこと、いっぱいあるのに!

 

 チョコレート嚢腫が消えた!

 さて、先週、婦人科と内分泌科の受診をしてきました。

 子宮内膜症と潜在性甲状腺機能低下症のフォローのためです。

 どちらも、今後もお付き合いを続けていかなくてはなりません。

 婦人科は1ヶ月健診以来なので約3ヶ月ぶり、内分泌科は出産前が最後だったので約4ヶ月ぶり。

 子宮内膜症は、産後の1ヶ月健診時の診察では、エコーで見る限り両卵巣共にほとんど病変がない状態でした。右の卵巣にわずかにチョコレート嚢腫っぽいものがあるかな、といった感じ。

 今回の診察では更に良くなっていて、なんと、両卵巣共に病変が確認できない状態でした。

 まだ月経が再開していないので、状態が悪化していないだろうとは予測できましたが、この結果は嬉しかったです。

 子宮内膜症の治療には妊娠が良いとは聞いていましたが、こんなに効果があるなんて!

 次は月経再開後に受診の予定です。

 月経が再開すれば子宮内膜症はまた悪化することが考えられるので、ミレーナ(子宮内に装着し、持続的に黄体ホルモンを放出させるデバイス。避妊や過多月経の治療に用いられる)を挿入するか、ピルを内服するかを考えなければなりません。

 医師からは、第二子を早期に希望する場合はミレーナだとコストのもとがとれないかも、という説明があったので、第二子を希望する時期を考えて治療を選択しなければと考えています。

 年齢を考慮すると、第二子を希望するならできるだけ早くと思うのですが・・・。

 もともと子どもは2人授かれたらいいなとは思っていましたが、今はまだバタバタしていて二人目をという気になれないのと、一人育てながらまた治療に通うこと等を考えると、二の足を踏んでしまう自分がいます。

 また、主治医からは、内膜症が良くなっているから今度は何度か自然周期にトライしてみたらという提案もあり、選択肢が色々あると迷う気持ちも生じています。

 

TSHも正常値に

   潜在性甲状腺機能低下症も、採血の結果、TSHは正常値でした。

 内服は出産したら中止と言われて止めていたので、採血結果は内服していない状態での値です。

 「じゃあ、もう治ったってこと!?」と色めきたった私ですが、今回は正常値でもまた異常に転じることもあるし、次回の妊娠に影響を及ぼすといけないので、第二子を希望したらまた受診してください、とのことでした。

 1度流産しているし、今回の妊娠判明時にもTSHが異常値でヒヤヒヤした経験があるので、もし次の妊娠を望んだ時には必ず受診し、データを見てから自然周期にトライするなり治療に通うなりしようと思います。

 

 この記事を書いていてふと気づいたのですが、1年前のちょうど今日が移植日でした。

 振り返るとあっという間だったような、長かったような・・・。

 今、ベビーラップの中ですやすや寝ている娘を見ると、辛いことはいっぱいあったけれど、IVFまで進んで治療して良かったと心から思います。

 そして、奇跡の連続で生まれてきてくれた娘に感謝です。

 

 どうかどうか、赤ちゃんを望んでいる方々のもとに、元気な赤ちゃんが授かりますように。

産後の大出血 -出産レポート⑤-

出産のこと

 出産レポートの続きです。 

 

出血が止まらない

    胎盤娩出までの出血量が800mlだと聞いた私は、この感じだと分娩後2時間までの間にトータルで1000mlくらいは出血するかなと予測していました。

 分娩後2時間までの出血量は500ml以内が正常範囲です。

 分娩当日の朝採血した結果ヘモグロビン値が8.0g/dlで貧血だったので、この大量出血は予測できたことではありました。

 出産前最後の健診のヘモグロビン値は11.0g/dlだったのに、1週間余りで値がかなり低下していました。

 出血が多かったので、点滴がもろもろ追加されました。あとは、スポーツドリンク等で水分補給をこまめにおこないました。

 そして、尿管も入れてもらいました。嫌だったけど、安静にしなくてはいけないし、膀胱が充満すると子宮の収縮が悪くなるので仕方ありません。

 血圧もこまめにチェックしてもらいましたが、血圧は異常なし。

 私も産後で興奮していて、処置を終えて戻ってきた娘に授乳したり、夫と話したり、胎盤を見せてもらったり、意識ははっきりしていました。

 ところが、分娩後1時間の時点で総出血量がすでに1,000mlを超えており、出血が止まる気配がないということで、急遽当直医の診察を受けることになりました。

 結局、胎盤娩出の際に、胎児を包んでいた卵膜の一部が子宮内に残ってしまっていることがわかり、それを掻き出す処置がなされました。

 これがまた、痛かった・・・(泣)。

 せっかく陣痛から解放されたのに、また新たに別の種類の痛みを味わわなくてはいけなくて、できることなら麻酔してほしいと思ったけれど、麻酔するほどでもない処置でもあり・・・。

 ただ、この処置が功を奏し、出血はみるみる減りました。

 とはいっても、結果的には分娩後2時間までの総出血量は1400mlを超えました。

 本来は分娩後2時間まで分娩室で様子を見て、問題なければ病室に戻るのですが、私の場合は念のため、分娩後4時間近くを分娩室で過ごしました。

 分娩台は硬いので、背中や腰が痛くてがちがちに。

 ようやく病室へ戻る許可が出され、起き上がって車いすへ移動をする時には身体が思うように動かなくて、自分の身体じゃないみたいでした。

 病室に戻ったのは、日付が変わった0時過ぎ。

 娘は出生後体温が低くなってしまったため新生児室で預かりとなり、ゆっくり休むようにと言われましたが、興奮して全然眠れませんでした。

 そして、預かってもらったとはいっても夜中も3時間毎に連れてこられる娘の授乳は早速始まり、貧血でふらふらの身体で(分娩翌日のヘモグロビン値は6.0g/dl!)怒涛のような産後がスタートしました。

 

全ての妊婦さんが無事に出産できますように

    以上で出産レポートは終了です。

 初産だし、出産は分娩予定日近辺だろうなーとのんびり構えていた私の予測を裏切り、もう少しで早産になるところだった出産。

 また、1400mlを超える出血量を思うと、万全の医療体制整っている総合病院で出産し命を救ってもらったことは本当によかったと思います。

 何にでも言えることですが、妊娠・出産には「絶対大丈夫」「私には(異常は)起こらない」ということがありませんし、何か起きた時の後悔は計り知れません。

 助産師として様々なケースに遭遇してきたからこそ、今回、母子ともに命が無事だったことは何事にもかえられない、かけがえのないことでした。

 どうか、今現在妊娠している方々の妊娠経過が順調でありますように。

 また、もうすぐお産を迎える方々が母子ともに健康で出産できますように。

 そう願わずにはいられません。

いよいよ出産 -出産レポート④-

出産のこと

 出産レポートの続きです。

 

猛烈な睡魔と激しい痛み

 さて、念願の分娩室へ移動した私。

 基本的には、状況によるものの、初産婦なら子宮口全開大で分娩室へ移動です。

 しかし、まだ全開大ではなかったため、分娩は先と判断したであろう助産師さんは分娩室を出て行ってしまい、私は分娩台の背もたれを起こしてもらい、そこにしがみつくような体勢で陣痛をやり過ごしました。夫は私の希望によりものすごい力で、腰のマッサージをしてくれていました。

 分娩室には夫と私の二人のみ。

 チッチッチッと進む時計の針の音が異様に大きく聞こえました。

 その時の陣痛は2分おきで、本当に痛かったです。陣痛と陣痛の間はものすごい睡魔が襲ってきてウトウトするのですが、陣痛がやってきた途端に地獄に落とされるような苦しみでした。同時に、陣痛の度に胎児が猛スピードで降りてきている感覚があり、自然といきみが入っていました。

 それをしばらく繰り返した後、主治医と助産師さんが現れ、子宮口の全開大を確認。

 というか、主治医がまたもや刺激で全開大にしたようでした。

 この時はとても痛いながらもどこか冷静で、「助産師さんがまだ手洗いしていないっぽいし、ガウンを着ていないからお産はまだだな」とか「分娩のセットをまだ開けていないからまだか」とか、周りの状況を見ながら自分の分娩進行状況を判断していました。

 

待ちに待った我が子との対面

 そして、ついに、分娩の体勢をとることに。

 しかし、それまでは背もたれにしがみつくことができたのに、急に仰臥位でいきめと言われてもどこに力を込めたらいいんだ、こんな格好で力なんて入らないと思い、とうとう弱音を吐きました。

 「私、仰向けで産めるのかな・・・」「もう、吸引でも鉗子でもいいです・・・」

 フリースタイル出産が頭をよぎりましたが、出産した病院ではやっていず、一瞬ものすごく後悔。

 そんな私に主治医も助産師さんも「大丈夫大丈夫」「(吸引と鉗子分娩の)適応がないから、自力で頑張れ」と言うばかりで、私も覚悟を決めて最後の力を振り絞ることにしました。

 とにかく、陣痛が来たら深呼吸を繰り返して呼吸を整え、ピーク時にしっかりいきむ、いきむ時には足をちゃんと開いて目はお臍を見る感じ、と自分が助産師をしていて介助していた時に声掛けをしていた内容を心掛け、必死に頑張りました。

 途中、骨盤の一番狭いところに赤ちゃんの頭がはまったであろう時に心音が下がり、酸素マスクも装着されました。

 どのくらいそのいきみを繰り返したかわかりませんが、無心になって必死に頑張った結果、まだだろうと思っていたのに、赤ちゃんの頭が挟まっている感覚が。助産師さんに「触ってみる?」と聞かれ、思わず手を伸ばすと我が子の頭に触れました。

 そこからは、「あともう2回くらいいきんだら生まれるよ!」という助産師さんの声と、「頑張れ!」と枕元で励ます夫の声を聞きながら、もう無我夢中でした。

 「はい、頭出るよー」という助産師さんの声を聞き、短息呼吸に切り替えなくちゃと掴んでいたバーから両手を離した瞬間、突然、ずるんと何か出る感覚。

 視線の先には我が子が見えました。

 20時01分、女児誕生。

 その時は、感動よりも先に「ああ、本当にお腹に人間がいたんだ」という気持ちと爽快感でいっぱいに。

 主治医が「今、泣かすからねー」と言うのを聞いて、「あ、まだ泣いてないんだ」と思った時、「うみゃー、うみゃー」と元気な声が聞こえてきました。

 顔は見えなかったけど、枕元に立っていた夫の声は「泣いてるね!」「よく頑張ったねー!」と喜びいっぱいのように聞こえました。

 そうしてようやく、臍の緒がつながったままの我が子と対面。

 頭を撫でながら、「よく産まれてきてくれたね。ありがとう!」と言ったと思います。

 これまでの人生で味わったことのない喜びを感じました。

 ものすごくうれしい対面でした。

 事前に主治医に「余裕があれば、私が臍の緒を切りたいです」と伝えており、臍の緒は私が切らせてもらいました。

 その後、処置の為に娘は別室へ。

 体重は2778gと知らされ、低体重じゃなかったとホッとしたのもつかの間、胎盤が出た時点で私の出血が800mlとかなり多いという状況に陥りました。

痛みとの戦い -出産レポート③-

出産のこと

 出産レポートの続きです。

 

生まれないかもという不安

    入院当日より眠れたものの、やはり熟睡はできないまま3日目の朝を迎えました。

 この日は金曜日。

 朝、訪室してきた主治医に「今日も不発だったら帝王切開ですよね」と聞くと、「いや、採血結果も悪くないし、適応がないから帝王切開はしないよ」とのこと。

 え、じゃあ、どうするの?今日ダメだったらまた明日に持ち越しってこと?と等と思いながら、陣痛室へ移動し、また促進剤の点滴を受けることになりました。

 その日の促進剤は1、2日目とは異なる促進剤でした。

 子宮口4㎝の時点から促進剤の点滴が開始し、痛みもすぐには来ないので暇を持て余していたところへ夫がやってきました。

 しかも、ちょっとおしゃれをしているではありませんか!

 理由を聞くと、「今日生まれたら一緒に写真撮るから」と返答が(笑)。生まれないかもしれないよと返しましたが、おかげで緊張がほぐれました。

 ひたすら痛みが来るのを待つ中、他の陣痛室からは絶叫が聞こえます。

 「私もあんなふうに絶叫したらどうしよう・・・」と心配に。しかし、その心配とは裏腹に、ちっともお腹が痛くなりません。点滴の速度を上げにくるスタッフさんに痛みの程度を問われ、その度に「いや、まだです・・・」と答えることが繰り返されました。

やっと来た陣痛

   痛みを感じ始めたのはお昼くらいでした。

 配膳された昼食を「痛い・・・。でも食べなくちゃ体力がもたない・・・」と、痛みの合間を縫うように食べました。

 この日のメニューはナポリタン。

 2日前の入院時に選択したメニューでしたが、なぜご飯を選ばなかったのかと後悔するヘビーさ。それでも、体力不足で陣痛が弱くなることはもっと辛いので、頑張って全量摂取しました。これからはナポリタンを見る度に、陣痛のことを思い出しそうです(笑)。

 その後、痛みがじわじわと来る中、前日担当だった助産師さんが様子を見に来てくださいました。で、一通り話した後「刺激してあげるよ」と。

 刺激の痛みを思うと断りたいところでしたが、もう早く産んでシャワーをしたい私は意を決して、その助産師さんに刺激をお願いしました。

 結果、ものすごく痛くて痛くて、痛かったです。

 でも、まだ子宮口は4㎝で、痛みが来始めても全然進んでいない所見に、今日もダメかなと諦めかけました。

 ただ、そのうち、痛みの間隔が徐々に狭まり、程度も強くなってきました。

 アクティブチェアーという椅子に座って、夫に腰をさすってもらい、一点を見つめてひたすら呼吸法で痛みを逃して過ごしていました。

 痛いけど、声を出しても進むわけじゃなし、とにかく痛みから気をそらす、もしくは耐えてやり過ごすしかないと思い、呼吸法に集中していました。

 この時の痛みはとにかく腰が割れるような痛みで、なおかつ腰から下を引っ張られるような、誰かに持っていかれそうな、そんな痛みでした。

 そんな状況下で過ごすこと3時間程、点滴の残りが少なくなった15時頃、その日担当だった新人の助産師さんが「今日はこれで終わりです」と告げに来ました。

 その時の気持ちは、「ウソ!?こんなに痛いのに、今日は終わりってそれはないでしょう!」。

 ちょうど配膳されたおやつを食べられないレベルだったのはもちろん、明らかに前日、前々日とは違う痛みだったので、お願いして診察してもらうことになりました。

 その結果、子宮口は6㎝まで開大していました。

 診察してくれたベテラン助産師さんは「これならいける!」と言い、すぐに主治医へ報告、点滴が再度追加されました。

 そして、お約束の主治医の診察により、子宮口は6㎝から8㎝へ開大されました。

 これもものすごく痛かった・・・。

 そこからは陣痛の度に本当に痛くて辛かったです。

 同時にやってくる、胎児の頭が下がってくることによる、お尻への圧迫感。

 腰をさすってくれている夫の手を痛みの強い場所へと誘導し、テニスボールでお尻を抑えてくれている夫に「もっと強く押してー」と言うことの繰り返し。

 少しでもお産が進むようにと、アクティブチェアーに座ることのみならず、ベッドの背もたれを上げてそこにしがみつくようにして陣痛をやり過ごしました。

 この時、点滴のためにトイレも近かったのですが、トイレに入っている間に陣痛が来るともう地獄のような苦しみでした。

 それでも、「膀胱充満していると児頭が下がってきにくいから・・・」とアセスメントしてしまう私。

 8㎝から全開大までがいちばん辛いんだ、いきむことができるようになったら楽になるはず、分娩室へ移動したらゴールが見えると自分に言い聞かせていましたが、とにかく早く分娩室へ行ってホッとしたい気持ちが強く、半ばお願いする形で18時半頃に分娩室へ移動しました。